No.70【 いと小さきものが、大きなものより強い ~掃除での気づき~ 】
2020.11.04
掃除好きである。
失態を起こしてしまったような、心が沈むことがあった時、モヤモヤ感、迷いがある時は、
特に念入りにすることが多い。
「仕事部屋」
早暁から、自宅で仕事をすることが多い。
起床すると、台所へ。
お気に入りのコーヒー豆を挽き、香りを楽しみながら、一服。
2階の仕事部屋に片手にマグカップのコーヒー、もう一方にハンディタイプの掃除機を
持って上がる。
まず、机の上、電話機やFAXなどのホコリを除く。そして床に掃除機をかける。
汚れが目立つところは、水拭きをする。
毎日やるから、ほんの数分で終わる。
「車」
毎日とはいかないが、週に2回程度は手洗いする。
(愛車だからできるだけ、GSの洗車機は使いたくない)
ボディやウインドウに砂埃がついたり、室内に塵やホコリがあると、
気になる質(たち)。
特にやっかいなのが、愛犬の体毛。
自宅にいる時は、朝晩、ラブラドール(マリン)を車の後部ハッチに乗せて、
近所の河川敷の公園に運動に連れて行く。
短毛の犬種だが、抜け毛が半端なく、ハッチに敷いたブルーシートの上に落ちる。
「お風呂」
外遊びが大好きなマリンを週1回ぐらいは、お風呂に一緒に入りながら洗ってあげる。
洋犬は、水が好き。(以前の柴犬は水が嫌いで、洗うのはひと苦労だった)
入浴の気配を感じると彼女自らお風呂にしっぽをふりながら向かうほど。
浴槽に一緒に入ってマリンにシャンプーをして、洗い流す。
マリンを先に出した後、浴槽や床、洗面器等に、大量の抜け毛が張り付いている。
これをシャワーとモップで数回洗い流す。
◆掃除で気持ちも・・・。
30代~40代の仕事が超多忙な時期は、掃除が後回しになった時があった。
連れ合いがしてくれない時、「部屋やお風呂の掃除はきみの役割でしょ!」と思って、
イライラしたこともあった。
昨今は、余裕を残して仕事をするようにしていることもあってか、
掃除することは、朝のスタートで清々しさを味わい、仕事を始めるスイッチを入れるルーティン。
ある時は、仕事の思考が煮詰まって、堂々巡りになった時の気分転換になっている。
仏教では、掃除を「作務」(さむ)といい、重要な修行の基本になっている。
掃除という動作(形)を通じて「心を整え、心を磨く」ことが目的。
そんな境地に少し近づけているのかもしれない。
掃除をすることで、気持ちが落ち着き、清々しくなる。
洗車の時、ボディに水滴が残ると、それが水垢になる。
それが嫌で、隅々まで水滴を残さないように拭き取るようにしている。
特にドアミラーや、後部ハッチ、ナンバープレートや前後のライト周りなどは、
拭き取ったと思ってもしばらくすると必ず水滴が垂れてくる。
「あそこまで拭き取ったのに、まだ水が残っていた・・・!」
車内のマリンの体毛。
後部ハッチ周辺、シート、床など細部に付着している白い毛を掃除機で丁寧に吸い取り、
コロコロをかける。目視ではなくなったと思うまで。
しかし、一度車を走らせ、窓から風を入れたりすると、
運転席周辺の黒いパネルの部分に数本の毛が浮かび上がる。
「この毛、どこにいたの?」
マリン入浴後のお風呂も同様。
ベージュ色やほぼ透明のように見える繊細なマリンの毛を見逃さないように
洗い流し、ネットで掬う。
「これでよし!」と思い、浴槽に新しいお湯を張ると、表面に数本の毛が浮かんでくる。
「2度も3度も、洗い流して確認したのに・・・」
掃除しながら、ふと思った。
水は、わずかな隙間にも入り込み、流れていく。
何十ミクロンと言われる犬の毛も同様。
水は細部に侵入し、毛は少しでも摩擦があれば、ピッタリと張りつく。
同様に、マリンと河川敷公園から帰ると、ズボンの裾に「小さな草花の種」が張り付いて、
なかなか取れない。
いずれも微細なもの。
捨てられない(生き残る?)対応力が桁外れに高いなあ~。
◆「水五訓」
修行時代の若き時に、先輩から教わった教え。
「水五訓」
一、自ら活動して他を動かしむるは水なり
二、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり
三、常に己の進路を求めて止まざるは水なり
四、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり
五、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ
霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)たる鏡となりたえるも
其(その)性を失はざるは水なり
戦国時代の武将、「黒田官兵衛」の残した教えである。
秀吉が天下を取れたのは、「天才軍師 黒田官兵衛」がいたからと言われるほどの名参謀。
「水五訓」を現代風に解釈するなら、
一、自分自身が自ら動き、模範を示すことで、周囲を牽引しよう。
二、物事を進める上で障害や壁があったとしても、努力し続けていくことが自分の力となっていく。
三、自分が決めた道は、迷い止まることなく進んで行こう。
四、嫌いな人でも嫌悪せず、良いところを見つけ共存していこう。
五、温度によって蒸気となったり、雲や雨、雪やあられに変化しても入れ物を変えれば、
カタチも丸や四角に変わるのが水。
だけど水の性質は失われない。
与えられた環境の中で、柔軟に変化し、成長していこう。
戦国時代を生き抜いた「権力者になるための教え」として引用されることが多いが、
「With Corona」の時代を生き抜いていかねばならない今、
どんな立場の人でも噛みしめる値打ちのある教えではないだろうか?
特に、「五」の教えは、至言である。
◆100年に一度の大変革期の今
名門といわれる大手企業、日本郵政の親方日の丸のような体質の企業、
官僚・行政組織、銀行、不動産、建築土木系のまだ古い体質が多く残っている業種の企業などには、
前例主義、形式主義、手段が目的化する思考のマンネリに囚わる。
強力なリーダーシップをもった人の指示待ちで、自ら考えて変化対応しようとしない。
従って、危機が迫っているのに、対応する変革が進まない。
100年に一度の大変革期の今、「水」や「毛」、「草木の種」のような「いと小さきもの」の方が、
柔軟に形や戦略を変えられる。
「生き残る力とチャンス」が大きいのが「今」と感じる。
◆中小企業がうらやましいよ
30年ほど昔の話。セイコーエプソンさんの当時のA副社長が、会食の席でおっしゃった。
「中小企業がうらやましいよ。
船の舵を操作したら、その日から船全体の向きが変えられる。
うちは、いわば巨大戦艦。
経営陣が右に舵を切ろうとしても、現場がそちらに向かうのに2~3年もかかったりする・・・。」
◆「如水」
晩年、黒田官兵衛は、「如水円清」と改名した。
「水の如く生きていく。」
ただ流されるのではなく、「柔軟に、時に強く」ありたいという想いを「水五訓」に表し、
黒田家が、存続することを願って、「家訓」として残す意図があったのだろう。
(現に、黒田家は、徳川の世を生き抜き、明治維新、そして今日まで続いている)
さて、今のあなた、そして、職場は「水のように柔らかな心と頭」で変化に対応する行動が
できているだろうか?