コラム『DMP徒然草』 書籍情報のご案内
DMP徒然草

No.120 【 本物をめざす 】

2022.01.19

◆「メトロポリタン美術館展」

年明けのこの3週間の間に、大阪市立美術館に2回足を運んだ。

「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」を見るためだ。

https://www.osaka-art-museum.jp/sp_evt/metro

昨年11月頃に新聞で同展の大阪開催を知り、「ぜひ行きたい」と思いながら行けないまま年を越した。今月16日までの開催だったため、年明け早々たまらず出かけた。

「ニューヨークまで行かないと見られない作品群が、自宅からたった2時間のところで見られる機会など、生きている間にもうないかもしれない。」そんな風に思った。

一度目の1月5日。

混雑を避けようと昼食時間帯を予約していったのだが、それでも、まあまあの混みようで、人の頭越しに絵を見たり、落ち着かない雰囲気で、気にいった作品もじっくり鑑賞できなかった。

「これだけの名画だから人気が高いのはあたりまえ。もう一度来よう。」と心に決めた。

中1週間足らずで2回目。心の琴線に響く作品群を見たい思いが私を動かした。

 

【以下は、公式サイトの概要からの抜粋】

1870年に創立されたニューヨークのメトロポリタン美術館(セントラルパーク内にある)。

今回の特別展は、ヨーロッパ絵画部門に属する約2500点の所蔵品から、選りすぐられた珠玉の名画65点(うち46点は日本初公開)を展覧している。

15世紀の初期ルネサンスの絵画から19世紀のポスト印象派まで、西洋絵画の500年の歴史を彩った巨匠たちの傑作、至高の名画が、一挙に来日。

 

2回目は、見たい作品の前で5分、10分・・・ゆっくり、じっくり味わうことができた。

おまけに、1回目に行ったあと「すごかったですよ〜」と師匠の中尾さんに伝えたところ、絵画好きの奥様もご一緒に行かれるとのことで、ご夫妻揃っての久しぶりの再会の機会にもなった。

至福の時間であった。

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◆子供の頃から

実家の母の部屋に世界の有名画家の名画集が置いてあった。共働きで市役所勤務をしていた母。潤沢とは言えない給料の中から、「自分へのご褒美」に買ったと生前言っていた。

それらの本に触れた幼児体験からか、若い頃から絵を見るのが好きだった。

今思うと、青年期までは、母の部屋でそれらの画集を見ていたのは、芸術の鑑賞などという高尚なものでなく、写実的に描かれる女性の美しくエロティックな姿を見たいがためであったような気もするが・・・(笑)

私の鑑賞の仕方は、頭で味わうより、自分の感性・心で味わうようにしている。

画家の名前や解説は、最初は見ない。絵の前で、自分の心の琴線にふれるか否かがまず第一歩。

なにかを感じたら、その絵の前でしばらく佇み全体を見、そして細部を見る。絵が語りかけてくるストーリーを味わう。それから、画家の名前や年代、解説を見る。

名画と呼ばれるものでも、ピンとこともあるし、超有名な画家の作品でなくても、ビンビンと感性にふれたらじっくりと味わう。

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◆一流の芸術品は、魂の奥底に直接何かを語りかけてくる。

じっと見ているだけで、心が穏やかになる、あるいは、心の奥にザワザワと感情の波が起こってくる。

まるで、そこに実在の人物がいるかのような存在感。その風景が目の前に広がっているような空間描写。

人物の目が輝き、活き活きとした表情、身体が発する生のオーラのようなエネルギー、そして、切り取られたその一場面につながる人生ストーリー(物語)が浮かんでくる。

その絵を描いた時の、画家の心象風景までが感じられるようだ。

西洋作品は、キリスト教が歴史や文化に大きな影響を与えたこと、画家を応援したパトロンの存在、途方も無い財力を誇った当時の皇帝や王室、商人達の権力構造や社会背景までも・・・。

 

こんな見事な作品を残した画家たちは、神さまから、天賦の才能を与えられた選ばれし人々たちに違いない。

そして、その才能を開花させたのは、死にものぐるいの修練を重ねた日々があってこそに違いない。

絵画の世界でも、天才とは、「生涯をかけて努力をし続ける才能のある人」とほぼ同義なのだろう。

そんなことを考えながら、展示室の空気を味わった。

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◆後世に残る作品

200年、300年先の世に、自分の作品が残り、多くの人の足を運ばせ、感動を与える。

画家の皆さんは、天国で究極の自己承認を味わっていることだろう。

当時の時代背景を考えると、「社会的名声を得るために」、「パトロンの期待に応えるために」描いた絵が多いだろうが、それが数百年先に見知らぬ異国で多くの人々に感動を与えるとは彼らも思っていなかったに違いない。

ただひたすら、感性・直感という神様とのコミュニケーション回路をフルに働かせて、一筆一筆に心を込めて、命をかけて描いていったのであろう。

仏師が「一刀三礼(いっとうさんらい):ひと彫りする度に、心をこめて三度礼拝すること」しながら、仏像を彫るように。

 

◆本物に近づきたい

本物は黙して語らない。自分から声高に主張しない。静かにそこにある。

しかし、見る人の心に確実に何かを語りかけ、圧倒的な存在感をもって佇んでいる。

 

「本物になりたい」。自己修練の足りなさを想った展覧会でもあった。

 

以上

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